2017年のできごと。
■ DA PUMP熱
何回目かのDA PUMP熱が再燃。
私の耳や目には「あのアルバムが最高!」とか「ベストに入らないあの曲がいいんです!」という声が入ってこないので、ずっとベスト盤『Da Best of Da Pump』だけを繰り返し聴いています。
岡村のオールナイトニッポンにISSAゲスト回で、和田アキ子に優しいISSAの話が出てきて、それが良いと思いました。
■ 筋トレ
スクワットが自重を超え、大阪でトレーニングしていた頃のレベルにやっと戻ってきた。とかく筋トレというものは「何のためにこれをやるのか?」とか「これをやってどうなるのか?」とかメタ的なことを考え始めるとはかどらなくなるので、ただ続ける。半ば無目的に続ける、繰り返す。何も考えず、ただ重りを上げる。同じことを定期的に繰り返す。この手のものを極める人は合理性をこれでもかというほど信じているので話していても楽だったりして、何かとトレーナーとは気が合います。趣味はまったく合わないけど、気が合う。話す話は特にないけれど、気は合う。
24Hのジムにも入会しました。
■ 映画
ハードな仕事が続いたせいで土日や休みは寝てばっかりで過ごしていたので極端に映画を観に行かなくなった。それを取り戻すように、年末に目黒シネマに『BU・SU』を観に行って、文化的な何かを手放すまいと興奮気味にツイートしてた。
目黒シネマ名作チョイスVol.23 市川準監督傑作選 観客が選んだBEST5 第2位「BU・SU」を観てきた。犬童一心と富田靖子のトーク付き回。最後に市川準の奥様から富田靖子への花束手渡しがあったんだけど、「いつも市川は富田さんのことを『神々しい』と言っていました」という奥様のコメントぐっときた。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
心を閉ざした麦子を演じさせるためにスタッフに「富田と喋るな、構うな」と支持していたという市川監督。そういう雰囲気を感じましたかと問われた富田は「現場は常に楽しかった」と。みんな自分を気にかけてくれているのを感じていたし、「富田靖子、私自身」を受け入れてくれた現場だったと。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
「中には監督に見えないところでこっそり声をかけて優しくしてくれるメイクさんとかいた」みたいな話をすごく楽しかったことを思い出すような顔で話す富田靖子は本当に神々しかったし、まるで少女のときのままのようにも見えて美しかった。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
「笑わなくていい演技をしなくてもいい」と指示をされた富田。ありのままの自分を受け入れてもらったと話しながら涙する場面もあり、なんだかこっちまで泣けてきた。あとから尾形さんから「市川さんは何もしないことを『無防備』と言っていた」と補足があって、富田自身もしっくりきてた感じだった。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
デビューしてからずっと「とりあえず笑っていればいい」と言われ続けて正直笑顔の下でアッカンベーをしていたけれど、そんな自分でもいいと言われた気がしてその頃の自分にはとても大事な現場だったとも語ってた。その一方で『BU・SU』を試写で見たとき「こんな映画誰が見るんだ」と思ったんだそう。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
確かに全編ずっと富田靖子笑わなくて無愛想だしアイドル映画と聞いて想像するものとは違う。市川監督もそんなつもりはなかっただろう。今でもこうしてみんなから選ばれる作品になったことがすべてを物語ってるよねみたいな話も。尾形さんいわく「87年の映画だけど、今見ても全然古くない」と。確かに。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
ユニークCMの市川準と今をときめく富田靖子で『BU・SU』ってなかなかのインパクトがあったろうなと思うけど、映画のチラシはそれの最たるもので、内容には全然触れないしまったく関係ないだろみたいなコピーとか入ってて事務所や配給の苦心が見られた。事務所「おもてたんとちゃう!」だったのでは。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
市川準は内館牧子(デビュー作)の脚本をあまり気に入っていなくて、富田靖子の目の前で台本をすっと横にやるみたいなことをしてたそうで、それが印象に残っていると話してた。シーンの10分前に紙がぺらっと出てきてそれを覚えて演る、というのの繰り返しだったとか。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
「冴えない女の子がかわいくなっていく」というプロットで3年前くらいから『BU・SU』の企画はあって、事務所は作ってくれる監督やらを探していた。巨匠に話がいったり、いろいろ試行錯誤があったあとにやっと市川監督で映画化となったと話してたけど、アイドル絶頂期の映画というにはなかなかすごい。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
犬童さんが「市川監督の映画に出てくる女の子は笑わない」という共通点を指摘。「それ自体は女性を自由にする、自由な女性を描くということだったのでは」と言うと富田靖子はすごい勢いで頷いてた。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
客席からの質問で「演技の本質」のようなことを問われた富田靖子は「みんな持ってる顔、体格、声、すべて違うからそれ自体なのではないか」みたいなことを言い、犬童さんが「その人そのものである、替えがきかないということ」みたいなことを言い、尾形さんがそれを「無防備」と市川監督の言葉で表現。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
アイドル映画ではないと何度も言われていたけれど、「彼女自身であること」を尊いと感じるアイドルが好きな私が求めたものが『BU・SU』にはあった。そして、当時アイドルであった富田靖子にとっても「自分自身であること」を受け入れて愛してもらえることにはよろこびがあった。しあわせな関係!— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
アミューズの人に聞きたい。『BU・SU』はあなたたちが思っていた映画になったのか。「靖子〜、こういう映画が撮りたいのよ」と言っていた(富田談)女性スタッフは満足したのか。知りたい。そして「冴えない女の子がかわいくなっていく」というストーリーに「そんな話いいか?」と思った18歳富田靖子。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
富田自身が語る「18歳の富田靖子」は無意識だけどいろんなことが「わかっている」少女だった。少女というのはそういうものなんじゃないかなと思った。「わかっているとわかっていないけどわかっている」。「感じてる」というのが正しいのかも知れないけれど、少女とはきっとそういうもの。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
(スタッフや監督から)「愛されている」ということに気づいていて感じられていた18歳の富田靖子はとてもしあわせで、だからこういうキャリアが築いてこれたんだろうなあとも思った。きっとファンの愛も届いてるし、「なんてしあわせなことだ!」と思いましたよ。静かに、きっと届いてる。— しゃかりき警部 (@syakariki_keibu) 2017年12月7日
後日観た『大阪物語』もすばらしかった。池脇千鶴の、あの時、あの瞬間しかないきらきらを閉じ込めた極上の映画でした。DVDにはなっていないのが残念。『BU・SU』はDVDになっているので、気になった人には観てほしいです。
■ 本
本を読む時間もあまりなかったように思う。今ぱっと思い出すのは、ジェーン・スーの『相談は踊る』の文庫版がとてもよかったということ。
■ Berryz工房
私はBerryz工房を2度失った。Berryz工房が無期限活動停止に入ったときに1度、桃子がハロプロ卒業・引退したときにもう1度。
楽しいときほど悲しい。6月30日。雨が降るなんてちっとも思ってない(けど、雨が降ったらそれはそれでドラマティックかなみたいな)セットリスト。やりたいことを全部やらせてくれるセットリスト。彼女が一番似合う衣装を着た、私たちが大好きな桃子がそこにいた。
ありがとう。桃子。ありがとう。Berryz工房。楽しいことしか思い出さないし、思い出したら私はいつでも楽しい気持ちになれます。
今でも『YOUは何しに日本へ?』を見たら何度でも泣けます。
残していったあの子たちのことをこれからも見守ります。
■ りななん
あたりまえのように続くと思っていた時間が突然断ち切られることがあるのだという衝撃に打ちのめされた。実感はしばらくの間なかった。もしかしたら今もないのかも知れない。でも、いないということはことあるごとに感じるのでこれは実感してるということか。あの日私たちが彼女のために用意した花束が一番かわいかったし、りななんに一番ぴったりだったと、今でも思う。
■ 仕事
えらい人から「もっと考えろ」と言われました。叱咤、ではないけれど激励をされたのかなと思った。「考えてないから考えろ」と言っているわけではなく「お前なら分かるだろうから考えろ」と言われているというのは分かっていてもいい気はしないものです。でも上司は変わっても同じようなことを言われがちなところがあるので、「なんでだろう?」とか考えたり「どこがそう思わせるのだろう?」とか「考えが足りないなんて…」とか掘り下げたりすることはなく、ま、一応考えとくかくらいに受け止めることにしています。
田中圭一さんがTwitterで「人からやらされていると感じている方がストレスが高くなるから、全部自分が主体的にやるんだと思うことにした」といったニュアンスのことを言っているのを読んで、そうだ!と膝を打ちました。でも、そういうふうに自分の気持ちを持ち上げる力は、私には欠けているのかも知れません。困った。一日の大半の時間を費やす以上、誠実でいたいとは思うのだけれど、どうしたもんでしょうか…(つづく)。